第1回 95年7月7日〜7月9日

なんの集団?
マー坊、ユックン、ともくん、ヒロト、ケンジロ、カッチャン

 95年の七夕の夕方、社長からプレゼントされたお揃いのポロシャツに身を包んで彼らはモンキーたちと共にフェリーに乗り込んだ。
 向かうは大阪。さあいよいよ始まるのだ、とんでもないツーリングが。
 フェリーの中では、わいわい、ちょっとした宴会だ。それでも明日の耐久レースに備えて早めに床につく。
 明朝、フェリーは大阪港に着いた。これから、はるか900キロ離れた宮崎まで帰るのだ!よーいスタート! 
ジロジロ
ヒロトのマシン修理中!

    

ところが、スタートして1時間もせずしてヒロトがマシントラブル!場所は神戸。95年といえば、阪神・淡路大震災のあった年。バイク屋さんを5件くらい廻ったがどこも大変な様子。それでもみなさん親切だった。ありがとう。仕方なく、丸三モータースに入社したてのユックンがバイク屋さんで工具を借り、ありあわせの手持ちのパーツでなんとか修理に成功!トラブルから修理完成まで要すこと8時間。
再スタートした彼らだったが、炎天下の8時間のせいで疲れ切っていた。なんとか励まし合いながら走る。やがて陽は落ち夜になった。ところが、真夏だというのに寒くて仕方ない。最初は荷物になるから邪魔っ気だった社長からもらったポロシャツがこんなところで役立った。重ね着ルックの上に雨ガッパを着込んでの走行だった。
寒さとケツの痛みに耐えながら、明朝6時ようやく本州ともお別れ、関門海峡までやってきた。しかし関門大橋は原付は走行できないとのことで、エレベーターで車道の下にある歩道に降り、そこからはモンキーを押して歩かなければならなかった。中間までは下っていたからいいが、その後は登り、疲れ切った彼らには過酷であった。

 

イエーイはごめんなさい あー腹へった
震災の爪痕を残す神戸にて
つかの間の休憩、夜間は夏でも寒い


そしてやっと九州!だんだんと気温も上昇、昨夜の寒さが嘘のようだ。それでも九州に入ったということで元気がわいてきた。さあ、あと少し!ところが、到着まであと20キロという所で、マー坊のマシンがついに息絶えた。3,4日前に組み終えたばかりのエンジンの慣らし不足が原因だった。ああ、マー坊無念のリタイヤ!
仕方なくマー坊を残し、他の5人は手を振りながらゴールを目指した!
1995年7月9日午後4時30分、とんでもないツーリングは幕を閉じた。
宮崎を出て宮崎に帰ってくるまで48時間!大阪をスタートしてからは33時間!の驚異の旅だった。
翌日丸三モータースには、すでに来年の話に花が咲くみんなの姿があった。

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